K161 第一&第二列王記、第一&第二歴代誌、エズラ記、ネヘミヤ記
K161 第一&第二列王記、第一&第二歴代誌、エズラ記、ネヘミヤ記
第一列王記
神の権威の下で統治し、律法に忠実であり続けた王たちは、神の祝福を経験しました。しかし、律法の規範から逸脱してしまった王たちは、のろいを経験しました。
第一列王記は、ソロモンのヤーウェとの関係を明らかにし、ソロモンに与えられた神からの知恵や富を強調しています。ソロモンの名声はイスラエルの国境をはるかに超えて、シェバの女王のおそらくは故郷であった、現代のイエメンにまでとどろいていました(第1列王記10:1~13)。ソロモンの数多き婚姻関係や大規模なハーレムは伝説上のものですが、それらはのちにソロモンを迷える信仰へと導く、要因となっていきました。ソロモンはしかしながら、神の民の間での、神の永遠の御住まいである神殿を建てはしました。
第一列王記はまた、邪悪な北王国の王アハブに対する神のさばきを宣告した、預言者エリヤを紹介しています。他の多くの奇跡を行なったのに加え、エリヤはカルメル山でニセ預言者たちとの劇的な対決に勝利しました(第1列王記18:1~46)。
第二列王記
第二列王記は、多くの特異な出来事や人物等を紹介します。二人の人が死からよみがえりました(第2列王記4:32~37、13:20~21)。預言者エリヤは死ぬことなく、この地上を離れました(第2列王記2:1~18)。エノクは、聖書において同じことを経験した唯一の人でした(創世記5:21~24)。ヨルダン川の水は二回、両側に分かれました(第2列王記2:8,14)。これらや他の奇跡的な出来事は、ご自身の民の間での神の絶え間ない働きを証ししています。
この書が含む期間は、イスラエルで最初の「執筆する」預言者たちの登場を見ました。アモスとホセアはイスラエルの民に遣わされ、その一方でイザヤ、ヨエル、ミカ、ナホム、ハバクク、ゼパニヤとエレミヤはユダで預言をし、双方共に民が悔い改めるようにと呼び求め、また神の裁きの到来を民に警告しました。著者は、エリヤが天に上げられたあとのエリシャのミニストリーに大幅なページ数を割いており、エリシャが行なった数多くの奇跡に、特に注目を払っています。
イスラエルの王たちの誰一人として、神の御目に正しいことをしたと評されてはおらず、王たちはそれぞれが、民をさらに深く偶像礼拝へと陥るようにさせました。ユダの王たちの幾人か、とりわけヨアシュ、ウジヤ、ヒゼキヤとヨシヤ等は正しい王たちでした。ヒゼキヤは解放されることを主に信頼することにより、アッシリヤ人の侵攻を食い止めました。ヨシヤはのちに、さらに大きな規模の霊的改革を実施しました。しかし、いずれの努力も、モーセの契約にあるのろいの成就である、イスラエルに対する神の来たるべき裁きを止めるには十分ではありませんでした(申命記28章)。
第一歴代誌
読者は「系図」に割り当てられた、大幅なページ数に注目するでしょう。これらの家系図は歴代誌において、なぜそれほどまで頻繁に登場するのでしょう? 学者たちは、系図は数多くの目的を果たすのだと主張します。それらは例えば、特定の役柄または地位・要職に就くことができるという、ある人物もしくは家族の主張の正統性を立証するために、選ばれし民また/あるいはその祭司職の血統の純潔を保つため、約束の地からの追放にもかかわらず神の民であるという継続性を確認するためです。
家系図に加え、第一歴代誌は祭司、レビ人、諸軍団、神の宮のつかさや、様々なミニストリーのその他の指導者たちの名を列挙しています。
歴代誌では、イスラエルの歴史は祭司の視点を通して語られています。歴代誌の記述者はヤーウェに対する正しい礼拝、また律法の規定への遵守に、ことのほか重点を置きました。
第二歴代誌
この書はソロモンが統一国家に対して彼の王位を確立し、その王権を強固にし、また治世の初期の頃の反乱を鎮圧する場面から始まります(第1列王記2章)。ソロモンはそうして、神が自分の父ダビデにお授けになった設計図を用い、荘厳な神の宮を建てます。ソロモン王に割り当てられた9つの章のうちの6章が神殿の建築、その誕生以前からソロモンに課せられた任務に焦点を当てています(第2歴代誌2章~7章)。
ソロモンの子、レハブアムの治世に王国が二つに分裂した時、イスラエル全土のレビ人たちはレハブアムの味方をし、また彼らの祭司職の務めを続けるためにエルサレムに大挙して押しかけました(第2歴代誌10:1~19)。しかし、この「王座」は、義と腐敗のサイクルによって特徴づけられていました。何人かの王は完全に悪に染まり、律法を無視し、そして民を罪深い行動へと導いていきました。ソロモンのように数人の王たちは、最初は義の道を歩んではいたが、のちに悪の道に堕ちていってしまいました。他の者たちはマナセのように、離れたが、悔い改めました(第2歴代誌33:1~25)。数人の王たちは、ヒゼキヤやヨシヤのように、「彼は主の目にかなうことを行った」という碑をもって讃えられました(第2歴代誌29:2、34:2)。第二歴代誌を通じて、忠実さは報われ、裏切りはさばかれました。
歴史をこよなく愛する人たちは、この期間の、世俗の歴史上の人物たちに関する数多くの言及を楽しむことでしょう。アッシリヤの「ティルガテ・ピルネエセル」からアッシリヤの「セナケリブ」、バビロンの「ネブカデネザル」まで、非ユダヤ系の異国のリーダーたちはユダ王国の運命に重要な役割を果たしました。
エズラ記
エズラ記は、イスラエル人の歴史記録において必要不可欠な「つなぎ」の役割を提供します。ユダの王が廃位させられ捕われの身となり、そして民がバビロンへと捕囚の身となって追放された時、独立国家としてのユダは消滅しました。エズラ記はユダヤ人たちの再召集や、生き残るための、また破壊されたものを再建するための彼らの奮闘の一部始終を伝えています。エズラの叙述を通して、エズラはイスラエルの民が依然として神の民であり、また神は彼らのことを忘れてはおられないことを高らかに宣言しました。
エズラ記では神殿の再建や、帰還していった諸部族が共通の葛藤を分かち合い、一緒に働くことに取り組みながら、結束していったさまを私たちは目撃していきます。のちに、もともとの帰還民たちが町の城壁を再建する仕事をやめてしまったあと、霊的無気力が支配した時、エズラはもう二千の帰還民たちと共に帰り、霊的リバイバルの火の粉をまき散らしました。この書が終わるころには、イスラエルの民は神との契約を結び直し、また神に対し従順をもって行動し始めたことが見えます。
ネヘミヤ記
ネヘミヤはエズラのように祭司ではなく、マラキのように預言者でもなく、普通の人でした。ネヘミヤは町の城壁を再建するためにエルサレムへユダヤ人の一団を率いる以前は、世俗的な地位に就きながら、ペルシヤの王に仕えていました。「王の宮廷でのネヘミヤの卓越した手腕や経験は、残された帰還民が生き残るために必要な政治的また物理的再建を十分に果たすことができるよう、ネヘミヤを遺憾なく整えたのである。」
ネヘミヤのリーダーシップのもと、ユダヤ人たちは抵抗をしのぎ、反対に耐え、その目的を成し遂げるために結束しました。ネヘミヤは宮廷での尊敬される地位を投げ捨て、政治的に大して価値のない地域での きつい肉体労働を選んで、身をもって模範を示し、指導していきました。ネヘミヤは民の政治的、また霊的土台を強固にするために、この書にも登場するエズラとパートナーシップを組みました。神の御前でのネヘミヤの謙遜(1章と9章においてのネヘミヤの心揺さぶる執り成しの祈りを参照)は、民の模範となりました。ネヘミヤは自分自身に栄光を帰することなく、その成功に際して常に神に栄光を帰しました。